
こんにちは、あるいはこんばんは。一匹兎(@pepeopecn)と申します。
元手術室の看護師です。現在は大学で教員をしています。
私は大学教員として初めて務めた大学をパワハラを受けた際に病んでしまい、一度退職をしています。
そしてその後約半年間を経て、次の大学に入職しています。
パワハラに関しては結局の所、お互いの言い分と言うものがありますから、私だけの話を聞いてもそれがすべてではないと思います。
しかしながら私も自身の反省も含めて何かに記録しておかねばならないと思い、今回のシリーズで『パワハラ退職備忘録』としてこのブログに残そうかを思います。
今回の記事はその第四弾となります。
はじめに。
パワハラというと、はっきりとした強い言動や大きな出来事を想像しやすいかもしれません。
けれど実際には、その前に「何となくおかしい」「少し居心地が悪い」といった、小さな違和感が積み重なっていることもあるのだと思います。
今回は、あとから振り返ってようやく気づいた、その〝始まり〟のようなものについて書いてみます。
その違和感は何を意味しているのか。
今思えばの話になってしまうのですが、本格的にパワハラを受ける前に少しずつですが人間関係に違和感を感じる様になりました。
本格的になる前の半年前くらいからでしょうか。
その辺りから感じた違和感を書いていきます。
世間話が無くなった。
基本的には朝に上司の研究室に伺い、挨拶から仕事が始まるのですが、仕事の話はもちろん世間話も多くしていました。
長い時には1時間も話をすることもありました。
(サボりだろ?のご意見は勘弁してください)
その世間話がまったくといって良いほど無くなりました。
仕事がお互い忙しくなっていたのでそもそも話をする時間も少なくなっていたのですが、それにしても無くなっていました。
仕事の話をただ単に粛々とするだけでした。
普段から雑談が好きで、仕事以外の話も大いにしてきてくれていたので、それが無くなるという事は大きなことだったと今思えばそういうことだったのかと感じます。
バレンタインのチョコがまとめて1つになった。
非常にバカげた話で申し訳ありません。
しかし、今思えば大きなことだったのかもしれません。
毎年個人的にいただけることが多かったバレンタインのチョコが、領域で1つで、ということで領域長から渡されるだけでした。
今思えば、その時点で個人的に用意する気持ちが失せていたのだと思います。
つまりは私に対してもあまり良くない印象をすでに持っていたのだと思います。
一緒にやる仕事に声が掛からなくなってきた。
例えば実習室の片付けや、ちょっとした雑用みたいな仕事に、前ならば真っ先に声が掛かり、一緒にやることが多かったのですが、その時期からほとんど声が掛からなくなってきました。
自分の知らない所で知らない仕事が終わっている、ということも多くなっていました。
私は特に気にしていない所もあったのですが、恐らくそれをネタに私が仕事のやる気が無いと吹聴して回っていたのだと思います。
その時期から私の仕事に対する姿勢を問われることが多くなったと思います。
正直、声が掛からないとスムーズに動けない所もあったのでこれは少々困ってしまいました。
ただ、その頃の私は、それを深刻な問題として受け止めてはいなかったように思います。
忙しさやタイミングの問題かもしれない、たまたまかもしれない、自分の受け取り方の問題かもしれない。
そう考えてしまう程度には、違和感はまだ曖昧でした。
だからこそ、その時点で何かを変えたり、はっきり言葉にしたりすることは難しかったのだと思います。
非情に重要な変化としてコミュニケーションの変化がある。
特にこの様な違和感の正体は結局の所コミュニケーションだと思います。
特に仕事以外の世間話が多かった時の、そうではなくなった時の違和感です。
ここに非常に重要な部分があると思います。
正直な所、だからと言ってここで何を修正できたのかと疑問に思います。
その様な状況になったら時すでに遅しだからです。
そうなる前に逐一コミュニケーションについては細心の注意を払っていくしか方法は無いのかもしれません。
ここから関係を修正していく事は非常に難しく感じました。
今振り返ると、大切だったのは、その違和感が正しかったかどうかをすぐ判断することではなかったのかもしれません。
うまく説明できなくても、少し苦しい、少し引っかかる、何となく居心地が悪い。
そうした感覚を、自分の中であまり小さく扱いすぎないことの方が大事だったのだと思います。
当時はまだ言葉にならなかったことも、今こうして振り返ると、あれが始まりだったのだと少しずつ見えてきます。
ちょっとした違和感を感じたらその都度確認することも必要か。
私の反省点としてはその時に感じた違和感をそのままにしてしまったことです。
ではその時に何を出来たかという部分も現時点では想像も出来ていません。
ですがその時に何ができたかを考えてこの先に活かしてくことを考えることは出来そうです。
非常に難しいと感じますが、私自身がこの先成長していく事に必要な考察になりそうです。
最後に。
今回の記事ではパワハラを受ける前の違和感について書きました。
現時点で思いつく事なので、この先もしかしたらそれもそうだったんじゃないかと思う事も出てくるかもしれません。
しかしやはり、今まで無かったコミュニケーションの変化は、何か大きなことが起こりそうな前兆なのかも知れません。
普段からコミュニケーションについては慎重にやるしか、今の段階では思い付きません。
非常に難儀ですが心が穏やかになるように頑張っていくしかない様です。
小さな違和感は、その場では気のせいとして流してしまいやすいものですが、後から振り返ると大事なサインだったようにも思います。
今後は、関係性の変化や相談しにくい空気がどのように積み重なっていくのかも、構造の面から整理していきたいです。
違和感は、その場にいるときには違和感と分からないことがあります。
だからこそ、あとから振り返って初めて見えてくるものもあるのだと思います。
この備忘録では、そうして当時は言葉にできなかったことを、少しずつ整理していきたいと思います。