【パワハラ退職備忘録No.5】実際に受けた仕打ちや言われたことについて【まとめ】

こんにちは、あるいはこんばんは。一匹兎(@pepeopecn)と申します。

元手術室の看護師です。現在は大学で教員をしています。

私は大学教員として初めて務めた大学をパワハラを受けた際に病んでしまい、一度退職をしています。

そしてその後約半年間を経て、次の大学に入職しています。

パワハラに関しては結局の所、お互いの言い分と言うものがありますから、私だけの話を聞いてもそれがすべてではないと思います。

しかしながら私も自身の反省も含めて何かに記録しておかねばならないと思い、今回のシリーズで『パワハラ退職備忘録』としてこのブログに残そうかを思います。

今回の記事はその第五弾となります。

はじめに。

今回の記事は非常に心苦しいところがあるかもしれません。

私が今回のパワハラ備忘録で一番書き留めたいことかもれません。

ここでは実際に私が受けた仕打ち、言われた言葉などをつらつらと書いていきます。

ここで注意したいのは私の大げさな表現になってしまわないか、という所です。

この記事では最新の注意を払い、客観的に起きたことを書いていきます。

当時のメモも残っており、それを参考にしますので現時点での記憶の改ざんも無いと思います。

 

元々から〝キツめ〟のイジリを受けていた。

 私は自分で言うのもなんですが、あまり普段から文句を言わず、気が強い訳でもなく、他人と喧嘩するのは以ての外ですし、そもそも平和主義です。

そこを付け狙ってくる性格の悪い奴らの餌食になっている人生を歩んできました。

思えば小学生の頃からかなと思います。

今回もまさにそれを狙われたのかなと感じます。

 

つまりは普段からその様なちょっとキツめの冗談やイジリを受けながら仕事をしていました。

もちろんイラっとしますし、顔に出さない様に努力はしていましたが、どうしても人間なので出てしまいます。

そこも付け狙われた感じがします。

例えば、

私の子どもが鬼滅の刃が好きだったので、その話をしたら「あんなグロい描写のあるアニメを見せる親の気が知れない、不良になる、私はそんなこと絶対させない、親の顔が見てみたい」

(その親があなたの目の前にいますが…)

 

実習先での着替えで、女子ロッカーに入らない私(当たり前の話)に対して、「あー、全然男として思ってないから自然だったわ」「一緒に着替えてもまったく何も感じないわ」

といった具合です。

一見、冗談の様に感じますが、その場にいる私からすると、かなり質の悪い冗談に聞こえました。

これで一緒になって笑っている同僚にも嫌悪感を感じていました。

 

実際に言われた言動。

 思い付いた順に書き留めていくので時系列はバラバラです。

 

・領域長から呼び出され、領域長と研究室に1対1になり、資料が飛び散るほど机に叩きつけられ、廊下や隣の研究室にまで響くような声で怒鳴られた。

※私の記憶する限りでは1ヶ月で計3回ほど。

その後の1回はさらに同僚が加わり、密室で様々な事を言われ、同じように怒鳴られました。

同僚はその様子を見て、「○○先生をここまで怒らせたのは初めてじゃないか」と笑っていました。

 

・基本的に何を言っても〝言い訳〟〝適当な事ばかり〟〝「はい」と言えば済むと思っている〟のループ。

例えば私の不満そうな顔について、何故そんな不満があるのかと問い詰められました。

そもそも何に対して不満そうな顔なのか思いつかないくらいで、じっと耐えていました。

文句も言わなかったし、あからさまに顔に出す、といったこともしていないと思っています。

それについて説明をしても〝まったく〟信じてもらえず、結局上記のことを繰り返すだけで、話が前に進みませんでした。

 

・事実がほとんど180度違う形で伝えられている。それについて私が否定、説明してもまったく信じてもらえない。

人間ですので少々の記憶の間違いや忘れることがあったりすると思います。そんなことを考えられないほど、まったく事実と異なることを、当然私が不利になるような形で伝えられました。

まったく事実と異なるので、なぜそうなったのか私も困惑して、なんて声をかければ良いか分からなくて黙っていると、不満そうな顔、説明すると言い訳、これの繰り返しでした。

正直どうしようもありません。

後の話でその事実を一緒に同席していた方が説明してくれたのですが、「そう」で終わったそうです。

 

・「これは踏絵です。あなたがちゃんと仕事をするか試しました。」

私がこの様な仕打ちを受け始めた辺りに、私は正直かなり悩んでいたので動きが鈍くなっていました。

そこで、とある発表会の仕切り(司会)かマイク回し、どちらかの仕事を話し合って決めてくれと言われました。その際、私は落ち込みがあったのであまり表に出ないマイク回しを希望しました。

その後呼び出され、上記のことを言われました。

「あなたが教員歴が長いんだから司会をやるべきだった。」と。

 

・「5年間何してたの?積み重ねがまったくない」

私は自分で仕事ができる人間だとは思っていません。ですが正直、私も私なりに様々フォローをして仕事をしてきました。

もちろんフォローもされてきました。

それに対して感謝もしてますし、だからこそ文句も言わずここまでやってきたのです。

正直少々の文句ぐらいあなた方はもっともっと沢山言ってたじゃないか、というのも本音です。

これまで耐えてきたことが一気に崩れたような気がしました。

 

・「フォローしてきてやったんだぞ!!」と怒鳴る。資料を叩きつける。

確かにフォローされてきました。でもそれはみんなもだし、お互い様です。

私もフォローしてきました。

正直、学生からとんでもない内容の相談を受けたこともあります。

それは上司の印象を悪くする内容であったので無かったことにしたこともあります。

私は何をやっているんだろうと、感じました。

 

・私が陰で文句を言っている。

正直、私が言っていた文句はどこにでもあるような話です。

それが非常に大きい形で大袈裟に伝えられていました。

きっとその様に吹聴した誰かがいるのでしょう。

その人達の餌食にされたのでしょう。

私の言っていた愚痴をここまで大きくするのであれば、それよりも何倍も何十倍も酷いことを言っていることを私は知っています。

 

・「無責任」「人の気持ちを考えた方が良い」「人の心に関心を持った方が良い」

「5年間の積み重ねが無い」「今まで何やってきたのか」

「自分のことばかり」「今まで頑張ったこと、乗り越えたことは無いのか」

「ありがとうございます、すいません」に対して「何に対して?言えば済むと思ってる」

「そんなつもりはない」に対して「言い訳、そればかり」

「覚えていない」に対して「都合の良いことばかり」

一つ一つのワードを並べてもなかなかキツいものがりましたが、一番は無かったことがあったかの様になること、何を話しても言い訳になり信じてもらえないことでした。

 

・過去の話を持ってきて(2~3年前の話)指摘をする。かなり昔の話なので記憶があいまいな部分も多い。少し言葉に詰まる、文言が変わる、思い出した、などになると〝都合の良いことばかり〟とさらに詰めよってくる。

 

・とある仕事の資料作成について

この様な状況にあるので私も慎重に仕事をしなければと思い、逐一相談をしていました。

必要資料について「○○先生に聞けば?」と言われるので聞きに行くと○○先生からは「そんなものは自分で考えろ」と言われ、その状況を笑って話している。

といった流れを何度も経験しました。

その後、別の先生から資料が出されました。

その先生には私がまったく仕事をしないで必要な資料も作ってくれないから依頼した、とのことでした。

正直、本当にショックでした。

その後、嫌味を含む全体メールを教員全員に送るのでした。

 

・とある仕事の役割を交代させられる。

この様な状況にあるので、私の動きは鈍いですし、同僚や領域長からしたら不満があるのでしょう。

とある仕事の役割があったのですが、その役割を交代することになりました。

その際も、「あなたの方から交代させてくださいとお願いするのが筋だ」とのことでした。

 

・自分がいない間に仕事が進んでいる。声を掛けられないまま仕事が進み、周りの教員には私のやる気が無いと吹聴して回る。

何人かで一緒に仕事をしなければならないことがあったのですが、私にだけ声がかからずいつの間にか終わっていることもありました。

周りの教員は私がいないことを不思議に思います。

そこで同僚は、私のやる気が無い事にして吹聴して回ります。

このパターンも何度もありました。

他の教員からは「大丈夫?(私の機嫌が悪いと思っている)」と声を掛けられる始末。

 

・2対1で研究室に呼び出され散々責められた後、なぜかいきなり過去に同じようにして責め立て追い出した○○先生の話題を出し、「これでも私○○先生のことそこまで嫌いじゃないんだよ」とまるで私のことはそれ以下だと言わんばかりの事を言い出す。それに反応した私は「それでは私のことは好きじゃないということですか」と聞くと「そんなことは、奥さんに慰めてもらいなよ」と笑う。

 

・送別会での私の大人しい様子を見て、翌日呼び出され、あのような場では努めて明るくするのが社会人としてのマナーと叱責を受ける。

私はあまり騒ぐタイプではありませんので、飲み会でもそんなにベラベラ話す方ではありません。

それは周りの方々も良く分かっていたと思います。

それでも悪い様に捉えられ、落ち込んでいる様に見せるのは社会人としてあるまじき行為だとお叱りを受けました。

後日その送別される先生に謝罪に行ったのですが、まったく気にしていませんでした。

いつも通りの私の様子だった、と。

つまりはやはり、悪い印象操作をするためのこじつけだと思います。

 

その他にもまだまだ細かいことを挙げると出てきます。

そしてなかなか文章では伝わりにくい微妙なニュアンスもあります。

うまくまとまったら内容も追加するかもしれません。

 

最後に。

みなさんはこれを読んでどう思いましたでしょうか。

こんなのパワハラに入らない、私はもっと耐えている、などありますでしょうか。

当時の私は半年ほど耐えて、エスカレートした辺りからは2か月ほどしか持ちませんでした。

これでも耐えながら仕事をしている方も世の中には沢山いると思います。

 

でも、自分が辛いならその場から離れても良いのではないでしょうか。

耐えた先に何が残るのか、私は上記のことを言われて先は無いと感じました。

 

今では上記のことも少しずつかみ砕き、自身の成長の糧にしようとしています。

しかしまだまだ時間はかかりそうです。

この先の備忘録でも少しずつ記録に残していこうと思います。

こうして並べてみると、一つひとつの出来事だけでなく、それを止めにくい空気や受け止め方の問題もあったように感じます。

今後は、言動そのものだけでなく、それを許してしまう職場文化や評価のあり方についても考えていきたいです。

 

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