
こんにちは、あるいはこんばんは。一匹兎(@pepeopecn)と申します。
元手術室の看護師です。現在は大学で教員をしています。
私は大学教員として初めて務めた大学をパワハラを受けた際に病んでしまい、一度退職をしています。
そしてその後約半年間を経て、次の大学に入職しています。
パワハラに関しては結局の所、お互いの言い分と言うものがありますから、私だけの話を聞いてもそれがすべてではないと思います。
しかしながら私も自身の反省も含めて何かに記録しておかねばならないと思い、今回のシリーズで『パワハラ退職備忘録』としてこのブログに残そうかを思います。
今回の記事はその第七弾となります。
泣きながら夜勤バイトに行ってきたこと。
前回の記事で夜勤バイトをしたことが非常に私の中で重要な経験になった話をしました。
【パワハラ退職備忘録No.6】施設の夜勤専従看護師としてのバイトが非常に良い経験になったこと
しかし、この領域に達するまでには少々時間がかかりました。
それまでは家族を養うために少しでも仕事をしなければという気持ちと、パワハラを受けたことによる心のダメージが癒し切れていない状況で動くことはなかなか自身の中でも厳しかったです。
車で出勤していたのですが、運転しながら泣いていたと思います。
泣かない時も、ずっと心の中で壊れそうな気持ちのままでしたのでちょっと油断をすれば泣きそうになる状態でした。
夜勤の間もふとした時に、「何やってんだろ」という情けない気持ちになり、本当に人間としてもかなり低い位置にいるな、と散々な気持ちでした。
もちろん、施設の仕事が嫌なわけでもありませんし、そのスタッフさんが嫌いな訳でもありません。
ただ自身に受けた心の傷を癒すのにはまだまだかなりの時間が必要なのだなと感じながら夜勤バイトをしていました。
励まされた曲たち。
通勤途中、その他にも時間があったらよく聞いていた曲は
この2曲でした。
特に歌詞の中に「歩き出した私を見てて」とあるのですが、当時はまったく先の見えない状況だったのですが、いつかこんなことが言えるようになりたい、そもそも言える様な相手がいるだろうか、など悶々と考えていました。
SEKAI NO OWARIも昔から聞いていたのですが、前向きになれそうな曲であったし、当時の私の心境にも少し似ていたのでよく聞いていた曲でした。
当時は子どもがチアリーダーの習い事をしていたので、その課題曲でもありました。
ちょうど研究室の片付けをしていた日にその課題曲の発表があり、泣きそうになりながら見ていたことを思い出します。
心のダメージは思っていたよりもずっと大きかった。
現在この記事を書いているのは2026年2月になります。
当時からすでに1年半くらい経過しています。
当時ほど辛くはないですが、今でも思い出して少しセンチメンタルになっています。
私の生活に様々な影響を及ぼしたのですが、まだまだ完全には治りきっていません。
恐らく一生消えることは無いかと思います。
この先はこれを少しでも自分の人生の糧にしていくような努力が必要なのでしょう。
やはり音楽の力は偉大。
よく聞きますよね。
何か集中したい時、落ち込んだ時、気合を入れたい時、元気になりたい時、テンションを上げたい時など様々なシチュエーションで音楽から力を得ることができた、という話。
私も改めて音楽の力の偉大さを感じることができました。
昔から音楽は大好きで、バンドを組んでいた事もあります。
生活の変化もあり音楽を聴く時間も少なくなっていた所で、また音楽の力を感じることができました。
音楽に限らず色んなものに頼っても良い。
私の場合は心を癒すものの一つが音楽でしたが、この時期は本当に心がしんどいので、音楽に限らず自身が心穏やかに過ごす時間を後押しできるものを普段から持っておくことは本当に大事だと感じました。
自分では大丈夫と思っても自然と泣けてくるし、何かのきっかけで落ち込むこともあります。
そんな時に自分のパワーになれる趣味など何でも良いです。
ここにいれば大丈夫だというものを持っておきましょう。
未だにその通勤路をGooglemapで見てみては、この時は辛かったなーと思い返す時があります。
本当はこうなっているうちはダメなんだろうと思います。
いつの日かほとんど思い出すことの無い様に、思い出してももう過去のことだと割り切っていけるように。
その道のりはまだまだ遠い様に感じています。
最後に。
しんどい時期は、理屈だけでは持ちこたえられないこともあるのだと感じます。
だからこそ今後は、個人の気力や根性だけに頼らずに済むような支援や職場のあり方についても考えていきたいです。