
こんにちは、あるいはこんばんは。一匹兎(@pepeopecn)と申します。
元手術室の看護師です。現在は大学で教員をしています。
私は大学教員として初めて務めた大学をパワハラを受けた際に病んでしまい、一度退職をしています。
そしてその後約半年間を経て、次の大学に入職しています。
パワハラに関しては結局の所、お互いの言い分と言うものがありますから、私だけの話を聞いてもそれがすべてではないと思います。
しかしながら私も自身の反省も含めて何かに記録しておかねばならないと思い、今回のシリーズで『パワハラ退職備忘録』としてこのブログに残そうかを思います。
今回の記事はその第六弾となります。
退職してから結局夜勤バイトを始めた。
前の記事で看護師や教員以外の仕事を、と探し始めますが結局の所、施設の夜勤バイトを始めることにしました。
狙っていたところが落ちてしまった事もあるのですが、やはり大学教員に戻りたいという気持ちが大きくなったことも理由の一つです。
結局大学教員を再度就職するために探すことになるのですが、それまでの繋ぎのつもりで仕事を探し始め、夜勤バイトが一番効率が良くて働きやすいと判断しました。
別記事で書こうと思うのですが、ハローワークにも通って、所謂雇用保険を使用して月々にいくらかいただいていたので、ハローワークに通いながらバイトをしていました。
ハローワークの関係で、週に1回のみの夜勤で月に4回入る感じでした。
結果的にこの選択が良かったことに繋がります。
何年振りかの夜勤。久しぶりの経管栄養。
私は看護師人生のほとんどを手術室の看護師として過ごしました。
病棟も経験がありますが1年ほどです。
それ以来の、しかも病院ではなく施設の夜勤看護師としてデビューします。
施設なので主には介護士さんが業務していて、医療行為が必要な場合に看護師として色々と業務する、といった形でした。
それでもなかなかの業務量で、看護師一人でしたのでそれなりに忙しかったです。
施設でしたので、基本的には介護的な関わりが多く、基本的にDNARなので蘇生をする必要も無く、その意味ではバタバタすることは無かったです。
そこでのメインイベントは20人近くいる利用者さんの経管栄養をとにかく処理すること。
病棟でもあまり経験が無かったのですが、このタイミングで自分でもかなり上達したと感じます。
そして夜勤もかなり久し振り。
手術で夜間に手術することは多くありましたが、所謂病棟夜勤の様な形はかなり久し振り。
しかも看護師一人です。
いくら施設と言えど不安や緊張、慣れない所も多々ありました。
ただ、やらざるを得なかったのです。
施設のトップと看護管理者に認められることができた。
大学教員として働いていた時にパワハラを受けた私は、正直仕事をすること自体にあまり自信が無くなってしまい、ただただ業務をトラブルなくこなすことだけに注視していました。
しかし私の仕事振りを一定の評価をしていただいて、初めて信頼できる男性看護師だとも言っていただきました。
本当に安心したのを覚えています。
私もまだまた役に立てるのだと、ようやく少しだけ前向きになれた様に感じます。
別の大学に就職するに辺り他県へ移ったのですが、なんとその県にトップの管理者が異動してきて、また声を掛けていただいています。
妙な繋がりですが私が退職をしてその施設で働かなければ絶対繋がることの無かった縁ですので本当に分からないものです。
スタッフさんにも恵まれた。
正直面倒な介護士さんもいて若干強めに意地悪されたこともありましたが、最終的には認めていただきました。
さらには他のスタッフが私を擁護してくださいました。
この様な事はかなり久し振りで、私の心も非常に救われました。
実はスタッフさんの中に、同じようにパワハラ問題で退職した方がいました。
その方は逆にパワハラをした、という疑いを掛けられて退職せざるを得なくなった方でした。
個人的に色々と話をした際に、パワハラをするような人ではないと感じました。
様々な行き違いがあって誤解を受けたのだなと思いました。
その方からも、教員に戻るべきとアドバイスをいただきました。
私にとって施設での夜勤の仕事は、今までの教員生活を見直すゆっくりとした時間でもありました。
夜勤手当1回3万円は非常に助かった。
施設によって夜勤手当の金額は変わると思いますが、私の場合は1回の夜勤で3万円でした。
ハローワークの関係で週に1回、月に4回までしかできないのですがそれでも月に12万円ほどになります。
これは非常に助かりました。
ここに雇用保険の月々のお金が入りますので、それなりの金額になります。
これから施設などで夜勤を考えている方は、1回いくらになるか事前に確認することは大切と思います。
中には2万円前後まで下がっている場合も聞いた事もあります。
急に仕事を辞めてしまった私にとって、少しでも稼いで生活費に当てなければいけない状況でしたので、安心しました。
看護師として、大学教員としての幅が広がった。
看護師としての業務に戻ることで、私の経験値が上がったように感じます。
正直、手術室メインだった私の看護師人生で大学教員になり、病棟での実習の際に手技の指導に関して少し心配な部分があったのですが、おかげで自信にも繋がりました。
ここで様々な手技の復習になりました。
この経験は大学教員へ復帰しての実習引率の際に非常に心強いものになりました。
特別な経験になった。
正直、夜勤をしている時も過去を思い出し何度も泣きそうになりました。
いや、泣きながら夜勤をしていました。
それでも少しづつ自分を取り戻していく貴重な時間になりました。
こんな機会が無ければ絶対経験できなかったことですし、それによって私自身かなりの時間をかけて様々考えることができました。
辛い中にも色々とこの先に繋がるための時間だったと今更ながら感じます。
最後に。
つらい経験のあとにも、別の場所で少しずつ働き直せたことは、自分にとって大きな意味がありました。
同時に、安心して働ける場があることの重要さを改めて感じたので、今後は職場の支え方や受け入れ方の違いについても整理していきたいです。