初めて経験した術中死の話。

初めて経験した術中死の話。

こんにちは。一匹兎(@pepeopecn)と申します。

私は新人時代を手術室で過ごしました。

そこで、手術室で人が死ぬことは〝恥〟だと教わりました。

そのせいか、手術室でそのままお亡くなりになる患者さんはなかなか見る事はありません。

余程の緊急手術でも、どんなに状態が悪くても一応心臓は動かしたままICUに連れていき、そこで最期の看取りをすることが多いので、手術室内でお亡くなりになるという事はほとんど無いハズです。

 

それでも1年に1件くらいは起こる術中死。

私は自分が担当した手術の中で1度だけ術中死の器械出しを担当したことがあります。

その時の器械出しの情景は今でも思い出します。

そして、それからの手術室看護師としての考えや思いに大きく関わってきました。

看護観の話になるとこの話題を出さずにはいられません。

今回はその時のお話をします。

 

新人から手術室。10カ月目の出来事。

私は、希望していなかった手術室へ新人から配属されることになりました。

見る事やる事すべてが初めての経験でしたが、最初は緊張しながら手術を担当していましたが、段々と慣れてきて、一般的な開腹の手術位なら前日に時間をかけて勉強しなくても、ある程度は対応できるようになっていました。

 

当時の手術室の新人の教育課程は1年ですべての術式に対応できる事。

心外や脳外も出来るようになって、夜間の宿直にも対応できる事が目標でした。

私の場合、手術室への新人は10名いて私は7番目の早さで宿直に対応できるまで成長しました。

7番目なんで決して早い方では無かったですが、器械出しを一人で任される。臨時手術の心外の器械出しを任される。夜間でも一人で担当する。

といった事が出来る様になり、正直鼻が伸びてきて、少しですが自信が出てきた頃でした。

 

臨時手術の要請

ある程度の手術に対応できるようになり、臨時手術も大きな問題なく出来る様になっていた私は、朝一で担当し昼過ぎに終わった手術の後お昼を食べ、午後からは特に予定も無いので、ゆっくり復習しようと思っていました。

 

そこで

「臨時手術入るから!!

器械出しお願い!!とにかく今すぐ手洗いして!!

直入してくるから!!」

 

と、リーダーさんに指示を受けました。

手洗いをしながらどんな手術になるのか詳細を聞きました。

内容は腹部動脈瘤の破裂、腹部動脈置換術の予定です。

すでにショック状態になっており、いつアレストになってもおかしくない状態。

 

手洗いをしているうちに患者さんが入室してきていました。

私は急いでガウンを着て、滅菌手袋をして、次々に出される器械や物品を整理していました。

 

メスとセッシの次は?

急いで腹部を開けて、出血箇所を探し、止血しなければなりません。

このままではいつ亡くなってもおかしくない状況です。

 

執刀の先生は当時では珍しい心外の女医さんでした。

急いで、メスを渡します。

次にセッシを渡し。。。

電気メス、筋鈎を渡します。

 

お腹が開いたら出血箇所を探します。

次の器械は何を使うのか。。。

しばらく待っても先生からは何も言われません。

ただ、

「出血点が見えない。どこにあるんだ?」

とばかり発するのみでした。

1分、3分、5分と過ぎていきます。

 

物凄く長く感じました。

その状態のまま時間ばかりが過ぎ、心外の上の先生が「もう終わりにしよう」と言っても執刀医の先生は首を縦に振りませんでした。

麻酔科の先生が「もう(心臓が)止まります」という言葉と共にVT、VFへと移行していきました。

 

私はただその様子を見ているだけでした。

 

手術終了

結局止血は出来ず、そのままお亡くなりになりました。

みんな神妙な面持ちのままドレープを剥がして、その時に初めて〝おじいちゃん〟だという事に気付きました。

私は、名前も、歳も、年齢も分からないまま手術をしていたんだなと。

 

意味のないマスク換気をしながらICUへと移送していきました。

 

その様子や風景は今でも忘れられません。

師長からは、血まみれのガウンで歩くなと怒られてしまいました。

 

手術室看護師として何が出来ただろうか。

結局私のした事は、メスとセッシを渡しただけでした。

内心、「何やってんの、先生。早く次の器械言ってよ!!」と思っていました。

 

ふと、自分の仕事を振り返って、何をどうすればこの患者さんの為により良く出来たでしょうか。

手術看護って何だろう。。と本気で悩んだ事例でした。

 

恐らく私が担当しても、10年経ったベテランでも、手術看護認定看護師が担当しても、結果は変わらなかったと思います。

同じ様にセッシを渡して、そこで終了だったかもしれないです。

 

だからこそ、〝手術看護〟を極める意味が分からなくなったのです。

どんなに次の器械を予測出来ようが、患者さんが助からないんじゃ意味がない・

そんなことを考えてしまって、自分が手術看護をこの先勉強していこうという気持ちが薄くなってしまったのです。

 

手術看護と向き合う

ですが、私は新人の時にこの経験をして非常に良かったと思います。

それは、どこまで行っても極めることが出来ない、まだまだ自分には足りない所があると、この時の記憶が思い出させてくれるからです。

 

お陰様で私は、手術看護から抜け出せなくなりました。

病棟でも経験したことがありますが、結局は手術を切り離すことは出来ず、また戻りました。

今は形を変えて教員となっていますが、手術に関しては学生にも魅力が伝わる様に話をしています。

研究も手術室に関する事を主にしようと考えています。

 

この経験のお陰で、一生手術看護の事を考えていこうというきっかけになりました。